さぬき City boy 奮戦記

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<さぬき里山歩き> 護摩山

先日、さぬき市多和にある標高433mの「護摩山(ごまやま)」に登りました。

 

場所は、旧多和小学校の目の前にあります。

 

遠くから見ると香川県の山によくありがちな「おむすび」の形に似た山に見えます。

 

護摩山は、地質的にも歴史的にも貴重な山です。

 

西日本で珍しい山として有名で、1500万年前の火山活動で花崗岩の割れ目にマグマが流れ込み、そのまま冷えて固まった流紋岩でできた岩からなる山だそうです。

そうしてできた岩は香川県の自然記念物に指定されています。

 

歴史的には、弘法大師四国八十八か所最後の霊場をみつける時にこの山を登ったそうです。護摩山に登って東の朝空を見たところ、紫雲が広がっていて霊気にみちているのを感じて、そこに大窪寺(今の大窪寺奥の院のあるところに)の建立に取りかかかりました。

 

伝説として言い伝えられているのが、弘法大師は42歳の時に四国巡礼をし、護摩山が鳴動し村人が恐がっているのを見ました。これを鎮めようと護摩山に登り頂上の岩場で護摩を焚いて、ふもとの小庵で一晩中祈り鳴動は鎮まったそうです。

その庵は「一夜庵」と呼ばれていて、今は庵を説明する看板が立っています。

 

その他、山の下部には「金比羅神社」の分社があったり、山頂まで続く道に新四国八十八か所霊場の石仏が点在してます。配置の仕方が分かりませんでしたが、40番台と20番台を見つけました。

 

山頂へ続く山道が分からず30分ぐら迷っていましたが、ようやく見つけ険しい山道を登っていきました。山の下の方は背の高い杉が生い茂っていて暗かったのですが、

中腹から山頂までは、枯れた低い木々が繁っていて明るかったです。

 

残念ながら、山頂含め山道の途中には展望できる場所はなかったです。枝の間から集落を眺められる程度でした。

 

山頂には、看板や文献に「護摩を焚いた岩」があるとありますが、それらしい岩を見つけることができませんでした。

 

【参考文献】

「改訂 長尾町史(下巻)」1986年 長尾町史編集委員会

 

 【護摩山】

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金毘羅神社へ続く道】

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金毘羅神社の鳥居】

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金毘羅神社の境内】

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【山頂へ続く山道と石仏】

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 【山頂】

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